こんばんは、病院薬剤師のポテPです。
先日DI室からこんなことを聞かれました。
DI室「今度デベルザを採用することになった。メーカーからの情報提供で、簡易懸濁時は温湯だと錠剤が崩壊しないから常温水でやるようにって言われたんだ。これって何で?」
僕「マクロゴール6000を使ってるからじゃないですか?添付文書で添加物見てみましょうか。」
デベルザとは
デベルザとは一般名「トホグリフロジン水和物」、血糖降下薬である興和株式会社より販売されている選択的SGLT2阻害剤です。※サノフィ株式会社から販売されているアプルウェイと同じ薬物です。添付文書記載の添加物情報は次の通りです。
●デベルザ錠20mgに使用されている添加物
乳糖水和物、結晶セルロース、クロスカルメロースNa、ステアリン酸Mg、硬化油、ヒプロメロース、マクロゴール6000、タルク、酸化チタン、黄色三二酸化鉄
※『デベルザ錠20mg』添付文書より
はい、予想通りマクロゴール6000が含まれていました。解説していきます。
簡易懸濁法とは
簡易懸濁法とは錠剤やカプセルを粉砕・開封せず、そのまま55℃程度の温湯に入れ崩壊懸濁させた後に経管投与する方法です。調剤時の手間等、数多くのメリットがあり、内服薬を経管投与する際のスタンダードな手法として確立されています。※55℃の根拠は、簡易懸濁法を考案された倉田なおみ先生が所属する大学研究室HP(http://www10.showa-u.ac.jp/~biopharm/kurata/kendaku/problem.html)にて解説されています。
マクロゴール6000とは
マクロゴールとはポリエチレングリコール(PEG)のことで、軟膏の基剤や可塑剤といった用途で用いられる医薬品添加物です。平均分子量によってマクロゴール○○(○○には200~20000の数字が入ります)と名称が変わり、それぞれ物質特性(pHや凝固点)に応じて用途が異なります。
マクロゴール6000は主にフィルムコーティング錠のフィルム構成成分として利用されます。一般的にはフィルムに伸縮性を付与する可塑剤として使われていると考えられていますが、実際にはフィルムコーティング行程におけるフィルム破損を防ぐ滑沢剤として機能しているとの見解もあります(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpstj/69/2/69_117/_pdf/-char/en)。
温湯を用いると生じる問題点
前述した製剤学的マニアックな知識はどうでもいいのですが、問題となるのはマクロゴール6000の凝固点です。マクロゴール6000は常温で粉末もしくはフレーク状の形態をとります。しかし凝固点が56~61℃のため、一般的な簡易懸濁法をそのまま行うと懸濁時にマクロゴール6000が溶解し、懸濁液の温度が低下した際に再凝固してしまう現象が発生します。結果、再凝固したマクロゴール6000が結合剤的な働きをすることで錠剤の崩壊不良が生じると推察されます。
●錠剤の崩壊不良が生じる機序(予想)
温湯によりフィルム層中のマクロゴール6000が溶解
↓
溶解したマクロゴール6000がコア(錠剤)内に浸潤
↓
水温低下により浸潤したマクロゴール6000の再凝固
↓
錠剤の固化(崩壊性の喪失)
温湯でのデベルザの崩壊不良は上記機序によるものと考えられます。
有名なマクロゴール6000含有製剤
有名どころではタケプロン(ランソプラゾール)OD錠もマクロゴール6000を含有しています。タケプロンではマクロゴール6000が有効成分をコーティングする腸溶性フィルムに使用されています。そのため、タケプロンも温湯で懸濁することで腸溶性粒子が凝固し、結果チューブが閉塞してしまうとの報告があります。
なお、PMDAの添付文書検索システムを用いてマクロゴール6000含有の内服薬を調べるとかなり多くの薬剤が該当することが分かります。しかし、実臨床ではマクロゴール6000を含有する内服薬を温湯で簡易懸濁しても問題なく投与できることが多いと思います。この理由は、マクロゴールの含有割合やコア(錠剤)そのものに含まれる崩壊剤の種類・量によっては再凝固したマクロゴール6000の結合能を上回る崩壊性を有しているからではないか、と推察します。なので結局はマクロゴール6000含有製剤は一律温湯での簡易懸濁不可、とするのではなく、マクロゴール6000含有製剤の一部では簡易懸濁時の水温に注意が必要、と考えるのがよいのではないかと思います。
バレイショデンプンも注意が必要
バレイショデンプン含有製剤も簡易懸濁時の水温に注意が必要です。有名どころではビオフェルミン散剤です。バレイショデンプンが温湯により糊化し、製剤が固化してしまいます。マクロゴール6000とあわせて簡易懸濁時に注意が必要と覚えてしまいましょう。
おまけ(製剤の話)
前職で製剤研究に従事しており、フィルムコーティング錠の開発にも携わっていた経験がこんなところで活かされるとは思ってもみませんでした。せっかくなので製剤学の知識を用いてデベルザ錠の添加物の用途を明確にしようと思います。
・乳糖水和物、結晶セルロース:賦形剤
・クロスカルメロースNa:崩壊剤
・ステアリン酸Mg:コア(錠剤)の滑沢剤
・硬化油:(おそらく)フィルムコーティングの光沢剤
・ヒプロメロース:(フィルムの)コーティング剤
・マクロゴール6000:可塑剤(実態はコーティング中の滑沢剤)
・タルク、酸化チタン:コーティング中の滑沢剤
・黄色三二酸化鉄:着色剤(おそらくフィルム液に添加)
添加物を見ると「コア(錠剤)が湿気に弱いのかな」とかが分かったりします笑
デベルザ錠のコア(錠剤)やフィルムに使用される添加物はごくごく一般的なものなので、製剤的には安定な印象を受けます。フィルムコーティング錠としたのは、原薬が苦いか、素錠では製剤安定性が担保できなかったからと思われます。原薬に吸湿性はないようですが、崩壊剤のクロスカルメロースNaは崩壊性が強く、素錠のままだと加速試験条件下(40℃-75%RH)で錠剤の膨張が問題になったのではないかと思います。(※個人の感想です。違ってる可能性は大いにあります笑)
最後は誰得な内容になってしまいましたが、製剤学の知識は医薬品の適正使用に大いに役立ちます。なんだかんだ学生時代に習ったことは無駄ではなかったんだなぁ、って臨床に出てから結構実感しています。「タケプロンやデベルザは常温水で簡易懸濁する」という事実だけ覚えていれば臨床で困ることは無いと思いますが、「なぜか」という点まで理解していれば他に応用が利くようになるため、これからも追及する姿勢は大切にしたいと思いました。
以上です。
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